三月が終わり、四月の声を聞く頃になると、東京の桜は一気に開く。上野公園の花見の喧騒も、目黒川沿いのざわめきも、それはそれで春の景色の一部だが、日本の食の世界では、桜の開花はもっと静かな形で食卓に届く。
菜の花のおひたし。蛤のお吸い物。たけのこのぬか炊き。木の芽和え。桜の塩漬けを浮かべたお吸い物——これらは、お花見のための料理ではなく、春という季節が食卓に送り届けてくる「旬の便り」だ。
春の食材が持つ、独特の苦みについて
春の食材には、独特の苦みがある。ふきのとう、菜の花、たらの芽、うど。これらの食材が持つ苦みは、長い冬を越えた体に活力を与える薬効成分と関係していると言われてきた。漢方の世界でも、春の山菜の苦みは「解毒」や「血の浄化」に効果があるとされている。
だが、ここで少し立ち止まって考えてみたい。私たちが春の食材の苦みを「おいしい」と感じるのは、それが単に栄養学的に正しいからではなく、その苦みの中に複雑な風味が重なっているからではないだろうか。
「春の苦みは、冬が終わった証拠。あの苦みを味わうたびに、また一年生きてきたと実感する。」
— ある料亭の女将の言葉
たけのこ:春の食卓の主役
春の食材の中でも、たけのこは格別の存在だ。掘り立てのたけのこは驚くほどやわらかく、あくが少ない。掘り立てを米ぬかで下茹でし、若竹煮にしたり、木の芽と合わせて木の芽和えにしたりする。その香りは、まさに春そのものだ。
京都の料亭では、朝に掘ったたけのこを昼の献立に使うことがある。それほど鮮度が重要で、時間が経つにつれてあくが増し、食感も変わっていく。「たけのこは、日が沈んだら別の食材になる」とさえ言われる。
和菓子が映す、春の美意識
春の和菓子は、日本の美意識の結晶と言っていい。桜餅、草餅、うぐいす餅、花見団子——これらの菓子は、食べることよりもまず「見ること」を意図して作られている。
上菓子(じょうがし)と呼ばれる高級和菓子の世界では、春の菓子は桜・梅・菜の花・蝶などをモチーフに、練りきりや羊羹で造形される。その表現は、絵画や工芸品に近い。一つひとつの菓子が、職人の感性と技術の結晶なのだ。
桜餅は関東と関西で形が異なる。関東の桜餅は薄いクレープ状の生地で餡を包んだ「長命寺」タイプで、関西はおはぎに近い「道明寺」タイプ。どちらも塩漬けの桜の葉で包まれ、その塩味が甘い餡と絶妙なコントラストをなしている。
春のお吸い物に込められた、日本人の季節感
蛤のお吸い物は、ひな祭りの定番料理だ。蛤の貝殻は必ず対になっていることから、「生涯を添い遂げる」縁起担ぎとして女児の節句に用いられてきた。
その出汁は、昆布と蛤から引かれる。蛤の旨みが溶け込んだ、淡く澄んだ汁の色は、春の空の色と重なる。木の芽を一枚浮かせれば、香りとともに、春の食卓が完成する。
日本料理が世界で評価されている理由の一つは、この「季節感の表現力」にある。同じ器、同じ盛り付けでも、春の食材を使えば春の料理になり、秋の食材を使えば秋の料理になる。旬の食材が持つ色・香り・味が、料理の季節を決定するのだ。
自宅でできる、春の食卓の整え方
特別な料理技術がなくても、春の食卓を整えることはできる。まず、旬の食材を一つ、食卓に加えてみることから始めよう。
- スーパーで菜の花を買ってきて、からし和えにする
- 蛤の缶詰で簡単なお吸い物を作る(出汁昆布と合わせれば本格的になる)
- たけのこの水煮を若竹煮にする
- 桜餅を老舗和菓子店で買って、緑茶とともに食べる
どれも難しくない。大切なのは、その食材が「今、旬である」という意識を持って食べること。季節の食材を丁寧に味わうことが、日本の食文化の根幹にある。
桜が散った後でも、春の食材は続く。たけのこの次には空豆が来て、そら豆が終わる頃には梅雨が始まる。日本の食卓は、常に季節の先を見据えながら、次の旬を待っている。


